屋形船「隅田川 大江戸浮舞台」

~舞台は隅田川下りの屋形船 川風にあたり昔からの風流を体感~

参加2500円事前申込み

2018年10月4日(木)・11日(木)・25日(木)
江戸まちたいとう芸楽祭 屋形船「隅田川 大江戸浮舞台」
~舞台は隅田川下りの屋形船 川風にあたり昔からの風流を体感~

川風の当たる曇り空の隅田川。スカイツリーはその三分の一程を雲に隠していました。出発前の船内には、お弁当を食べる、あるいはお飲み物を飲みながら談笑をするお客様がおられ、本日の舞台への期待感が漂っているようでありました。停泊中の屋形船は上下左右に比較的大きく揺れており、地上での舞台とは異なる趣がそこにはありました。


屋形船に初めて乗る筆者は、船体の揺れだけでなく、その天井の低さに新鮮さを感じておりました。身長が165㎝少々である筆者は、天井に頭がつきそうであることに驚いておりました。船の揺れは、動き出すとかなり小さくなったため、不慣れな筆者でもしっかりと立っていることができました。出発してしばらく、船は数々の橋の下をくぐりながら、水面をかき分けるようにして進んで行きます。船内からの眺めを楽しんだ後は、いよいよ舞台の開始です。


錨がおろされると、この日のトップバッターである花やしき振袖さんのお二人が登場され、まずはすみれさんによる『秋の色種』が披露されました。芥子色のような着物が現在の季節にピッタリであり、会場を秋の雰囲気が包みます。そこに袖の裏地、そして扇の淡い桃色が非常に映える、美しい舞台でありました。


続いて、『恋しているんだもん』という愛らしい題の舞をされたのは日向さんです。すみれさんとは対照的な、はっきりとした青色の着物に身を包んだ日向さん。どちらかと言えば自然の美しさという印象があったすみれさんとはこれまた対照的な、人間模様を表現されました。何度が登場した、「だって、恋しているんだもん」という真っすぐな歌詞に、思わず笑みをこぼすお客様もおられました。


そして、花やしき振袖さんのお二人による『浅草おどり』が披露されました。お二人が両手を広げたら当たってしまいそうなスペース、そして揺れる船体。そのような状況の中で表現される「浅草」に、会場は引き込まれていくようでありました。お二人の息が合っていなければ成立しない舞台であったと、観客の皆様は感じられたことでしょう。鮮やかな赤色の扇を使うことで、ゆるやかな舞の中にもどこか活発さが垣間見えるような印象を、筆者は受けました。


観客席には、海外からのお客様もおられました。「I can speak Japanese onlyでございます。」時より英語を交えながら曲芸を披露されたのは、江戸太神楽さんです。鞠と棒、土瓶と棒、あるいは傘と回すもの。シンプルな道具を用い、身体のあらゆる部分を使って繰り出される芸に会場は大きな盛り上がりを見せていました。棒を用いて鞠を額に乗せる、あるいは口で加えた棒の上で土瓶を自在に操るという、低い天井では難易度がより高まりそうな芸を次々に決める江戸太神楽さんに、観客の皆様は夢中になっているようでした。中でも、口で加えた棒で土瓶を投げ上げ、再び受けるというとても難しい技が決まった際には、会場が一つになったような気がいたしました。傘回しは何か願いを込めてする芸であるということを、筆者はこの日学びました。鞠の丸型は家庭円満を象徴するそうです。海外からのお客様が投げた鞠をそのまま傘の上で回すと、お客様も大変満足そうな表情を浮かべておられました。また茶碗が起き上がることは、運勢が上向きになることを示しているそうです。合羽橋商店街において30円で購入されたという茶碗は、傘の上で回されるうちに見事起き上がりました。そして一升桝を回すことには、ますます元気に一生を過ごすという意味が込められていると言います。もはや四角形である大きな一升桝は、軽快な音を立てて傘の上をきれいに回っておりました。


胡弓の演奏が始まると、会場は一気に静寂に包まれました。巫女鈴の音は、屋形船の最後方にいた筆者まで、伸びやかに響いてきました。そして尺八奏者の方は、船体が揺れる中、演奏をしながら花道を通り、舞台に上がられました。以上三つの楽器による『風の調べ』は、今回のイベントに向けた創作曲だそうです。それぞれ特徴的な音を持つ楽器ですが、三つが合わさることで、そこにはまた違う表情が垣間見えました。筆者は、様々な展開を見せる曲から、風がそこここを巡っているような印象を受けました。隅田川の上をすべるように吹く風のような響きに、目を閉じて鑑賞するお客様もおられました。演奏が終わると、それぞれの楽器についての説明がありました。胡弓、巫女鈴、そして尺八はあまり日常的ではない楽器であると言えるでしょう。奏者から語られる歴史や演奏方法に、観客の皆様は時より大きくうなずきながら、耳を傾けておられました。


船が一度船着場に帰り、舞台の後半が始まると、スカイツリーを覆う雲は薄くなってきました。瞬間的に顔を出す日の光が反射し、きらきらと光る水面を横目に進む屋形船は、他の様々な船とすれ違います。中でも特徴的な外見をしていたのは、松本零士氏がデザインをした「ホタルナ」です。船体に提灯を下げ、和の装いをした屋形船と、銀色を基調とした、メタリックで近代的な外装をしたホタルナが同じ川の上を走っている様子に、ある種の違和感を覚えた方は多かったのではないでしょうか。そして屋形船は、船上からしか見ることのできないという、黄金のビルにスカイツリーが映るスポットにたどり着きました。盛り上がりを見せる船内では、多くの方々がその貴重なスカイツリーの姿を撮影していました。


桜川七助さんの作り出す世界観に、会場は引き込まれていきました。『夕暮れ』や『風流深川』といった題の芸を披露する中に、たくさんの見どころがつまっていました。表情豊かに、観客席に語りかけるように繰り広げられる幇間芸は、多くの笑いを生んでいました。中でも「こっちに進んでますからね」とご自身の解説をされるくだりが、最もウケ(・・)ていたように感じられました。手ぬぐいの使い方が非常に巧みであり、時には鉢巻、時には女性の髪というように様々なものに姿を変えていました。また、屏風芸では身体の動かし方と話術により、あたかもそこにもう一人がいるように思えました。屏風や手ぬぐいといった昔ながらのものと、人の身一つで生み出される芸からは、古き良き日本を感じることができました。


日本語と英語、浅草乃り江さんによる二か国語を用いた曲紹介が終わると、浅草千晴さんによる『紅葉の橋』が始まりました。腕を伸ばした際の指先にまで細やかな気を使われるその姿に、観客の皆様は見入っておられました。袖さばきがとてもなめらかで、このような芸に関して無知な筆者には、多彩な様子を見せる袖の動き一つ一つが新鮮に感じられました。


続いて登場したのは、曲紹介をされた浅草乃り江さん、そして浅草すず柳さん。『浅草名物』や『さわぎ』を演じられました。『浅草名物』では、馴染み深い浅草の名所を並べ、そこで生きる芸者の魂が表現されていました。またお二人で舞われる際には、基本的にはシンクロしている動きが、時より異なる場面が印象的でありました。限られた空間において、そうした趣向が、躍動感を生み出しているように思われました。首の動かし方や、表情の一つひとつが非常に丁寧に時を刻んでいるようでありました。生演奏に乗せて披露された御三方の芸には、迫力と臨場感があり、観客の皆様は大変満足そうな表情を浮かべておられました。


舞台が終了すると、芸を披露された方々がお客様の席を回り、芸や着物についてのお話をされる時間がありました。芸者さんと記念撮影をされる方が多くおられ、会場はとても賑わっていました。英語による曲紹介による影響もあったのでしょう。海外からのお客様は、最後の芸者さん方が印象的であったと感想を述べてくださりました。白塗りや特徴的な髪型、鮮やかな着物など、日本ならではの文化を素晴らしい、是非また見たいと言ってくださりました。日本人のお客様からも「楽しかったです」と言っていただけ、観客の皆様一人ひとりの心に、本日の舞台が届いているような気がしました。


低い天井に、後ろの屏風があることで、屋形船前方がまさにステージにふさわしい空間になっているように思われました。ホールのように広くはない、ギリギリの空間で繊細な芸をすることで、芸者の方々が、まるで人形のような特別な存在に見えるのではないでしょうか。芸の前後で、他の芸者の方々やスタッフに「お先にありがとうございます」と丁寧にあいさつをされる芸者の方のお姿に、筆者は感銘を受けました。「隅田川 大江戸浮舞台」は、そうしたあらゆる場面において日本の良き伝統を感じることができる、素晴らしいひと時でありました。


レポート:芸楽祭ボランティア 頓所夕弥
写真:芸楽祭ボランティア 江頭幸宏、芸楽祭ボランティア 鎌田俊英